上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
今回はお詫びと言い訳から始まります。
「大変遅くなりまして、申し訳ありませんでした」m(__)m

実は今回の内容は11月末に匿名さんからのご希望でした。
内容は簡単に言うと、「朝鮮半島には飛車という人類最初の人力飛行機があるそうですが、鳥人間コンテストに何故出ないのでしょうか?」でした。
で、飛車について下調べして…何かで記事を読んだ記憶はあるのだが、元記事が見つからない!(゜◇゜)ガーン

ま、なんとか内容を見つけたの掲示板を書く気になったのが、12月中旬。
で、作っていたら…ミスって消えた(゜◇゜)ガガーン
意欲が薄れ、しばらく放置…してたら、年末年始でさらに遅くなる。

松の内も過ぎ、再チャレンジ。
今度はできた……ヽ(´・`)ノ フッ…(笑)
禁止用語が入っていて、また消えた(゜◇゜)ガガガーン
で、また放置。((-。-) ボソッ軟弱者)

そんなこんなで、ようやく掲示板に投稿してきました。
「お題」をくださった方、1月半も待たせて申し訳ありませんでしたm(__)m

満足頂けるかどうか、自信はありませんが、結果を見て頂けると幸いです。


まず「飛車(ピゴ)」とはなにか!
転載してみます。
「1592年(宣祖25年)10月、倭将 加藤光泰・藤元郎などが率いる 20,000名余りの倭軍が、全羅道に進出するためにその町角である晋州に集まった。 倭軍の攻撃に晋州牧使の金時敏(キム・シミン)は3,800名の軍事で決死抗戦して撃退した。 当時、朝鮮軍は鳥銃をはじめとする様々な装備を利用したが、その中で特異な装備のひとつが『飛車(ピゴ)』だ。 飛車という言葉通り、風に乗って空中を飛ぶ車を意味し、こんにちの飛行機の概念を備えた装備と言える。壬辰倭乱(訳注:文祿の役)についての日本側の記録である ≪倭史記≫ には、全羅道の金堤に住む鄭平九(チョン・ピョング)が飛車を発明して晋州城の戦闘で使用したと記録されている。 当時朝鮮軍は、飛車を利用して外部と連絡を取り、嶺南の孤城に閉じ込められていた城主も飛車を利用して30里外に脱出したという。 これによって倭軍は作戦を繰り広げるのに大きな苦境に立たされたという記録まで付け加えて出てきている。 しかし、飛車の形態や構造については詳細に言及した記録がない。 ただ、金堤出身の鄭平九(チョン・ピョング)という人が作ったという。 国内の文献には、18世紀後半に申景濬(シン・ギョンジュン)の ≪旅菴全書≫ に 「壬辰の年に嶺南の邑城が外敵に包囲された時、ある人が城主に飛車のことを教え、これで30里外へ飛んで行くことにした。」と記録されている。 また、李圭景(イ・ギュギョン)の ≪五洲衍文長箋散稿≫ にも似た記録が現れる。 「… 魯城地方に住む尹達圭(ユン・ダルギュ)という人がいるが、その人は明斉(ミョンジェ)の子孫だ。 この人は精密で巧妙な器具を作る才覚があって、飛車を創案して記録しておいた。… このような飛車は、翼を轟かせてホコリを立てながら空に上がり、庭の中で散歩をするように上下四方を勝手気ままに飛ぶのだが、爽快感は喩えようがない。 飛車は、まず鳶のように作り、そこに翼を付け、その中に枠組みを設置して人が座るようにした。 … この器具には垂れ下がった紐が縦横に繋がっているが、それを伸縮して器具動かし、革袋を叩いて風を出すと、両翼が動きながらどんどん空中に浮かび、その勢いがたいそう荒くなる。 …」 飛車は尹達圭という人が作り、その形態はトキのようで、体と翼、頭、尾があるという。 胴体と翼は共に革で作られ、胴体の中には圧縮空気が入った大きな革袋があって、胴体には枠組みが設置されていて、4名の人員が乗れる。 また、胴体には主翼と尾翼が付いていて、胴体と翼はお互い紐で繋がっていて、紐を動かして翼を上下に動かせるようになっている。」
参照:http://members.at.infoseek.co.jp/koreawatcher/docs/infowing12th.htm
包囲された城から「飛車(ピゴ)」を使って、空を飛んで脱出したらしいですね。
30里も飛んだというからすごいものです。(註:日本の一里は約4㎞ですが、中国・朝鮮では約400mです)
文章で説明されてますが、わかりづらいですね。
これが「飛車(ピゴ)」の絵です。
飛車

えっと…えーと……んーとー………笑っちゃダメ?

では、ここまでを踏まえて、enjoykoreaに行ってきました。
「鳥人間コンテスト」に『飛車』が出場したら、どうなるだろうか? HOT!板
普段は歴史板の方でやるんですが、今回はHOT板の方に出してみました。
まあ、予想通りというかなんというか、あまりコメントが付かなかったので再度歴史板に再投稿しました。ってか、HOT板流れ早すぎw
鳥人間コンテストに『飛車』が出場したらどうなるだろうか? 歴史板
内容は全く同じ。
長くなるので引用しませんが、鳥人間コンテストについて軽く説明し、中国でも鳥人間コンテストが開催されたことを記し、「飛車(ピゴ)」について簡単に書きました。無論写真等も載せてます。
で本題の「この『飛車』が「鳥人間コンテスト」に出たら、優勝も狙えそうです。私としては、是非、日本の鳥人間コンテストに出場してもらいたい。無理なら韓国で鳥人間コンテストを開いてもらい、この『飛車』が空飛ぶ雄姿が見たいです。
韓国の皆さんはいかが思いますか?
なんとしても『飛車』を復活させてもらいたいのですが、どう考えますか?
」と質問してきました。
さて、その結果は、というと………

まずはまともなコメント。
「命をかけてしなければならないよう ...」
まともですw
「そうね, 幼い頃本で見た記憶があります.....熱気だねハングライダーのようなことではなかったんでしょうか? どうして伝わらなかったかは分からないです..... 」
会話が可能な方です。「飛車(ピゴ)」の復活計画がないか聞いてみると、
「復活計画は聞いて見たことがないです.............一応形体がどんなに生じたのかも確かではないから復活は難しいと思います」
残念。鳥人間コンテストが韓国であるか聞いてみました。
「あ... 私は全然分からない分野だと分からないです.... 他の方にお聞きしなければならないようです.. 助けがモッドエドリョ申し訳ありません. 」
この人は知らないようです。おそらく韓国では鳥人間コンテストは開催されておらず、日本の鳥人間コンテストもあまり知られてないと思われます。

次は意味不明のコメント。
「この兄さん(型)が来た.................! みんな緊張しなさい........................!」
わからん(x。x)゜゜゜

最後は不条理コメント。
長期の車路優勝ができなければお詫び,補償要求 desu
何故?
私には解釈不可。
なぜ「飛車(ピゴ)」が鳥人間コンテストで空を飛ぶ雄姿が見たい、との質問に、優勝できなければ謝罪と賠償がいるのでしょうか?
斜め上どころか、大気圏外に突き抜けていってます。
さすがにこのコメントは予想もできませんでしたねw

日本人のコメントが見たい方は、リンク先を見て下さいね。
まともな返事から推測すると、「韓国では鳥人間コンテストは認知度が低い」ことと、「さすがの韓国人もあの飛車(ピゴ)が空を飛ぶとは考えていない」、が今回の結論です。

で、参照した記事の中に、「建国大学の飛車研究チームが復元した飛車は、残念なことに飛行後破損し、二度と見ることは出来ませんが、空軍士官学校の航空機博物館で 1/2 縮小模型を観覧することができます。 西洋の航空の歴史より300年余りも先んじていた我々の飛車を観覧しながら、飛車が空高く飛んで行く姿を想像してみるのはどうでしょう?」とあったので、韓国の航空機博物館のHPを探してみたんですよ。
(リンク先は翻訳サイトを通してますので、重いです)
http://j2k.naver.com/j2k.php/japanese/www.visitkorea.or.kr/ya/ms/yams_mv0.jsp?i_seqno=165&i_type=1&i_areacode=0&i_sigun=0
おそらくここがその博物館です。
http://j2k.naver.com/k2j_top.php/japan/www.afa.ac.kr/museum2/index.htm?is_status=http%3A%2F%2Fwww.afa.ac.kr%2Fmuseum2%2Findex.htm
で、こっちが博物館のHPだと思われます。
欲しい情報は手に入りませんでした。

また、なにか情報が入れば、聞いてきてみたいと思います。

最後になりますが、エンコリ住人の中に、鳥人間コンテスト初期に出場した方がおられ、掲示板を立てていました。
素晴らしいものですので、是非ご覧ください。
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&page=5&nid=1762930&st=writer_id&sw=nouminn


FC2 Blog Ranking
人気blogランキングへ
次回にでもあらためて「お題募集」を開始しますので、お気軽にコメントください。



スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。