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1週間ほど前から、部屋の前で鳩が「くるっぽ、くるっぽ」とうるさく啼いてます。
何だろう…って思ってたら、廊下の排水孔の上で巣作りしてましたΣ(・ω・ノ)ノ!
ある日階段を上がってたら、階段にも鳩が…踊り場で巣作りするかぁΣ(・ω・ノ)ノ!Σ(・ω・ノ)ノ!
昨日帰ってきたら掃除されてました。
これでようやく静かになる……と思ってたら………

「ホーホケッ…キョキョ」
「ホケ…キョン」
「ホーホケキュンキャン」
朝からウグイスが啼く練習しててとてもうるさい(゜◇゜)ガーン
もっと上手くなってくれ。
今のままだとただの安眠妨害だ(T^T)ダーー


忠義も恩義も知らないのが朝鮮人ですが、利用できるとなったら何でも利用するのも朝鮮人です。
日本戦で大活躍した「バスケ元日本代表」河恩珠の苦悩 2007/6/8 朝鮮日報
 三国志では劉備を生涯の君主とする関羽に多くの試練が立ちはだかる。その代表的事件は次のようなものだ。
 弱体化した劉備と一時別れた関羽は曹操に捕らえられた。しか、関羽の君主である劉備は袁紹陣営に合流する。
 袁紹と曹操との激しい戦いが起こった。苦戦していた曹操は、関羽に袁紹の勢いを抑えるよう命ずる。劉備が袁紹側にいることを知らなかった関羽は、曹操への借りを返すために戦場に出て、袁紹軍最高の勇将である顔良らの首を取った。


  殉国者をたたえる顕忠日(6月6日)に行われた第22回アジア女子バスケットボール選手権での韓国と日本との試合で韓国のセンター、河恩珠(ハ・ウンジュ)が日本代表の選手たちと笑顔で話をしていた。
 高校時代、ヒザの負傷で苦しんでいた河恩珠はバスケットをやめようと決心した。しかし学校側は、バスケット部を退部する条件として選手生活放棄の覚書を要求した。結局河恩珠は日本に渡り、苦労の末に再起に成功した。また、日本のプロリーグでプレーするため日本に帰化しなければならなかった。
 WNBA(全米女子バスケットボール協会)ロサンゼルス・スパークスに移籍した河恩珠は、紆余(うよ)曲折の末韓国に復帰した。韓国籍も回復し、今大会では韓国代表にも選ばれた。
 河恩珠にとって日本は借りのある国だ。河恩珠は複雑な思いだった。前半は調子が出ず、河恩珠は背の高さ(2メートル2センチ)を生かすことができないまま2得点に終わった。しかし、後半に入ると勝負どころで高い確率で得点を重ね、日本を破る原動力となった。河恩珠は試合後のインタビューで「冷静になろうと努力した」と語ったが、それほど冷静な気持ちで試合に臨むのが難しかったということだろう。日本の内海監督は「河恩珠が日本代表だったら結果はどうなっていたと思うか」との質問に対し、笑いながら「さあ」とだけ答えた。しかし、三国志の袁紹のように内心は悔しかっただろう


河恩珠(ハウンジュ)を関羽に例えたのかと思いきや、実は日本の内海監督を袁紹に例えていたという、見識も忠義も恩義も何も知らない朝鮮人らしいバカニュース。

まず河恩珠(ハウンジュ)とは、こんなことした恩知らず。
中学生の時にケガで故障。韓国での治療は無理、部から追い出される
   ↓
1998年に日本で治療を受け、名古屋の桜花学園高校に入学し、活躍した。当時「韓国バスケットボールの劣悪な環境を理由に日本行きを選んだ」と話題。
   ↓
2002年11月に日本に帰化。
2002年か2003年にシャンソンと契約。
   ↓
アメリカのリーグへの移籍を希望(シャンソンとの10年契約がありながら、アメリカのWNBAのLAスパークスと契約しようとした)
   ↓
2006年5月には所属のシャンソンとの契約が決裂、日米で選手活動が出来なくなり、直ちに韓国籍を回復することにした。

参照:河恩珠さんの日本帰化と韓国籍回復 by worldNote
一時日本代表候補にも選ばれていたらしいです。
韓国ではほぼ再起不能の怪我をして追い出されて、日本で治療して、完治。
その後日本に帰化してプロになり、日本代表候補にもなるが、契約を無視してアメリカ行きを希望し、ダメになると韓国に帰って、韓国籍を再取得して、契約をぶっちした、と。
そういう素晴らしい経歴なわけですな。

三国志の関羽と言えば、義の人であるわけです。
記事では省略していることも書きますと…
「曹操が呂布を破った後、劉備が曹操を裏切って敗れ袁紹の元に逃げると、曹操の捕虜になった。
 ちょうど袁紹と曹操が戦っている最中であったが、曹操は関羽の武勇に惚れ込んでおり、どうしても関羽を手元に残したいと思った。
功を立てると必ずや劉備のもとに戻ると考え、様々な贈り物をしたが、 関羽はこれらを蔵に収めて封印してしまった。
白馬の戦いでは、敵将の顔良を大軍の真っ只中で討ち取った。その功績を置き土産にして、袁紹の下にいる劉備の下へ去った。
 曹操はその義に感嘆し、関羽を追いかけようとする部下に対して、彼を追ってはならないと言い聞かせた。このとき、張遼も関羽を説得している」
さらに赤壁の戦いでは敗走した曹操をこの時の恩を思い出し、見逃すってことを関羽はしているんです。

これらのエピソードは関羽が二君に使えない忠義の人であると同時に、例え敵からでも受けた恩は返す、それが主君にとって不利益になりかねなくても、という義の人の証明であるわけですが…

翻って、河恩珠は、と言うと…
日本で膝が完治(治療費とかわかりませんから、治療してもらったのにとかは言いません)
日本の高校で受け入れられ、活躍した(これは恩じゃないのかねぇ)
さらに日本で認められ、帰化も認められ、プロ契約(認めてもらった恩はどうなる?)
ところが契約無視して、アメリカ行きを希望(おーい)
アメリカ行きがダメになり、日本での契約も無視して韓国へ帰国(なにそれ)
韓国籍に戻り、韓国代表へ(まあ、これはいいが…)
日本代表と対戦して活躍(これも文句は言わない)
朝鮮日報の記者が「日本代表監督、袁紹みたーい」と喜ぶ。



関羽と比べるんじゃねぇヴォケがーーーーー


結局日本をバカにしたいというだけの、クソニュースです(▼▼メ)

関連記事(見つかったものだけ)
<バスケット>日本帰化の河恩珠、韓国国籍回復へ
河恩珠「日本に帰化するしかバスケを続ける道なかった」







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