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他にやりたいこともあるので、今日は連投で記事をアップします。
新年を早く終わらせたい、ってただそれだけですがw

さて、韓国に拉致された………素で間違えて打っちゃったw
北朝鮮に拉致された韓国人、拉北者と言うそうですが、その一人が中国に逃げ出してきたそうです。

チェさん証言:「拉致された漁船員、少なくとも6人死亡」 2007/1/4 朝鮮日報
 1975年8月、イカ漁船「チョンワン号」が東海(日本海)沖合で操業中に北朝鮮に拉致された時、同船には33人が乗り組んでいたことが分かっている。このうち、2005年にコ・ミョンソプさん(63)が脱北し韓国への帰国を果たしたのに続き、先月にはチェ・ウクイルさん(67)が北朝鮮から脱出した。しかし、残る31人は北朝鮮で生存しているか、または既に死亡したといわれている。
 現在、中国にとどまっているチェ・ウクイルさんは「1970年代から80年代にかけ、元山で思想教育を受けていた時に聞いた話や、その後に会った人の証言を総合すると、(31人の乗組員のうち)少なくとも6人は亡くなった可能性が高い」と話した。
 2005年に脱北したコ・ミョンソプさんも本紙の電話取材に対し、「いろいろな人から聞いた話を総合すると、少なくとも5人は既に亡くなっていると思われる」と述べた。チェさんとコさんが「既に亡くなってい」と話したこれらの乗組員のうち、名前が一致するのが3人だけであることを考慮すれば、8人以上が北朝鮮で既に亡くなっている可能性もあるものと考えられる。
 チェさんが脱北したとの知らせに、拉致された他の乗組員たちの家族も、期待と不安が入り交じった様子だった。長兄のホ・ヨンホさん(当時26歳)と2番目の兄ジョンスさん(当時22歳)を北朝鮮に拉致された、全羅北道益山市のホ・ヨングンさん(51)は、長兄が2002年に亡くなったと聞かされていたが、「亡くなったと思っていた人たちがこうして帰ってくるのを見ていると、まだ一縷(いちる)の望みがあると思う」としながらも、「兄をはじめとして、北朝鮮に残されている乗組員たちに対する監視や統制が強化されるのではないだろうか」と心配そうな様子だった。また、父のイ・グソクさん(当時50歳)を拉致された、江原道江陵市のイ・デウさん(49)は「2年前に離散家族再会窓口に申請した時も、生死を確認できない、と知らされた。生死だけでも知りたい」と話した。
 拉致された乗組員の帰国を32年もの間待ち続けている家族らは、乗組員が1人帰国するたびに、韓国政府に対するもどかしい思いを吐露してきた。ホ・ヨングンさんは「政府が保護しなければならない国民を、30年以上も放置してきた。今からでも政府が先頭に立って、中国にとどまっているチェさんを安全な手段で帰国させ、北朝鮮に残っている乗組員を連れ戻すために全力を尽くしてほしい」と話した。


32年かかって、ようやく北朝鮮から逃げ出し、母国の大使館に保護された。
脱北した拉北者の思い、待ち続けた家族の思い、いかばかりのものでしょうか。
私には想像もできませんが、本当に良かった。
今後は幸せになれることを祈りたいです。

で、この人の奥さんが30年も待ち続けたということは凄いです。
拉致被害者チェ・ウクイルさん、妻と感動の再会(上) 2007/1/5 朝鮮日報
拉致被害者チェ・ウクイルさん、妻と感動の再会(下) 2007/1/5 朝鮮日報
基本的に「お涙ちょうだい」は苦手なのですが、この件に関しては素直に「良かったね」と言いたい(・_・、)ホロリ
是非リンク先をクリックして、記事全文を読んでください。

ここまでならいい話なんです。
ところが………この先の対応はさすが韓国政府。
北朝鮮の傀儡政権です(言い切ってやる!)
拉致漁船員問題:政府、韓国国民なのに外国人扱い 2007/1/5 朝鮮日報
◆「韓国国民なのに外国人扱い」
 自国の国民が外国に強制的に抑留された場合、政府はその被害者が安全裏に釈放されるよう、最善を尽くさなければならないというのが基本中の基本だ。チェさんの場合も、この基本に忠実でなければならないのは言うまでもない。
 だが現実はそうではない。韓国政府は脱北した韓国軍捕虜や拉致被害者について説明する際、「特殊脱北者」という用語を用いている。
 この用語が、北朝鮮との交渉では「韓国戦争(朝鮮戦争)の時期と前後して、生死が分からなくなった人々」という表現に変わる。高麗大の柳浩烈(ユ・ホヨル)教授は「明らかに韓国国民である人々が外国人扱いを受けているという、信じられない現実だ。そもそも、“特殊脱北者”なる言葉自体が存在し得ないものだ。国内法的にも国際法的にも、チェさんは韓国政府が保護しなければならない責任を有している。それが韓国政府に課せられた最も基本的な義務だ」と話している。
 また、慶南大の梁茂進(ヤン・ムジン)教授は「拉致されたことが明らかで、韓国政府がそれを事実と認定している限り、中国や北朝鮮に対しても正攻法で臨まなければならない。韓国政府がこの問題で原則を守らなければ、状況はさらにおかしな方向に向かうだろう」と述べた。
(一部抜粋)

実際にどういう対応だったかというと。
韓国領事館が自国民を見捨てた! 2007/1/5 朝鮮日報
 「北朝鮮に拉致されて脱出したチェ・ウクイルです。助けてください」
 「わたしの携帯電話の番号をどこで知ったのか。誰が教えたのか」(領事館職員)
 1975年に東海(日本海)で北朝鮮に拉致され、31年ぶりに北朝鮮を脱出した漁師のチェ・ウクイル(67)さんが2日、中国瀋陽の韓国領事館に電話をかけて助けを求めた時の通話の内容だ。
 領事館側の対応が明らかになり、インターネット上で非難がわき起こるなど、「領事館男」の波紋が広がっている。
 2日午前中に中国国内の某所に隠れていたチェさんは、韓国から訪れた夫人のヤン・ジョンジャ(66)さんと再会し、韓国領事館に助けを求めた。
 「韓国で生活していたが、1975年に東海で北朝鮮に拿捕(だほ)された漁船の船員“チェ・ウクイル”です。わたしは共和国(北朝鮮)で生活していましたが、故郷の韓国に戻る覚悟を決めて今脱出し、ここ(中国)に来ています。領事さんと話ができますか」
 電話を受けた人物は担当の部署に回すと答えた。チェさんが自己紹介すると電話を受けた男性職員は「担当者に代わる」と言って他の女性職員に取り次いだ。女性職員は「こちらは中国東北部3省での韓国人の事件、事故を取り扱うところで脱北者問題は取り扱わない。脱北者問題は取り扱ったことがない」と答えた。
 やりきれなくなった夫人のヤンさんが電話を代わり、昨年12月26日に拉北者家族の会の崔成竜(チェ・ソンヨン)代表=55=が外交部と統一部にチェさんの脱北を知らせ、助けを要請した事実を訴えた。「脱北者ではなく韓国人です。統一部と外交部に救命要請の公文を送りましたが受けていませんか」
 しかしこの職員は「そんな文書は受け取っていない。上からの指針もない。韓国政府に電話しなさい」と脱北者担当部署に電話を取り次いだ。
 しかし脱北者担当部署は電話を受けようとしなかった。再び領事館に電話をし、北朝鮮拉致被害者担当につないでほしいと要請すると、さっきの女性職員が電話に出た。この女性職員は「ちょっと席を立っているのかもしれません。しばらくしてもう1度かけなさい」と言った。ヤンさんが「わたしたちは急いでいる」と訴えると、脱北者担当の携帯電話番号を教えてくれた。
 やっとのことで電話がつながった担当者も不誠実な態度を繰り返した。「わたしの電話番号をどうやって知ったのか。誰が教えたのか」と問い詰めてきた。チェさん夫妻が後に再び領事館に電話をかけると、この人物はチェさんの身元を確認した後、「後から連絡する」と言って電話を切り、その後連絡は来なかった。丸1日が過ぎた3日午後、ヤンさんが夫のチェさんを中国に残して韓国に帰国するまで領事館からは何の連絡もなかった。
 1998年には元韓国軍捕虜のチャン・ムファンさんが北朝鮮を脱出し、中国の韓国大使館に電話をかけ、「韓国軍捕虜だが、ちょっと助けてくれないかと思って…」と支援を要請したが、大使館の女性職員が「何もできません」とぶっきらぼうに答えて電話を切った事実が1カ月前に公開され、「大使館女」事件として大きく報じられている


大使館ってのは在地との外交・情報収集の他、国民の保護も仕事のはずなんですが…脱北って時点で韓国国民だと認めてないようですね。
ネット上でどういう批判がされているかはわかりませんが、この記事を読む限り、「対応した個人」への非難のように感じます。
一番の問題は、こういう対応を許す政府の対策、だと思います。
で、それを裏付けるような記事もあります。
【記者手帳】拉致被害者の妻を「叱りつけた」統一部 2007/1/6 朝鮮日報
 31年ぶりに北朝鮮を脱出した拉致被害漁民のチェ・ウギルさんの妻、ヤン・ジョンジャさんが5日、外交通商部で記者会見を開き、「あまりに無念だ」と語った。ヤンさんは、夫の支援要請を無視した瀋陽総領事館職員の対応に抗議するため、外交部を訪問したのだ。
 しかし問題は外交部だけにとどまらなかった。ヤンさんはこの日、「統一部の公務員は『おばさん、そんなに新聞に書き立てられたら、北朝鮮に残された家族(チェさんの再婚相手とその子ども)に問題が生じますよ』と言ってきた。わたしにどうしろと言うのか」と号泣した。
 また、支援を要請しているにもかかわらず、中国現地の総領事館の職員からは「この電話番号をどこで知ったのか」と詰問され、統一部の職員からは「なぜ外部に知らせるのか」と咎められた。
 これについてこの統一部職員は「チェさんが無事帰国するためには保安が重要だと説明するうちに、行き過ぎた部分があった」と語った。一方、その上司も「単純な業務上のミスであり、特別な意図があったわけではない」とした。
 だが同じ問題が繰り返し発生するのは、ただの「失敗」ではなくシステム上の欠陥があるからだ。そして国民はこうした「失敗」が頻発していることを知っている。
 韓国軍捕虜のチャン・ムファンさんは1998年、大使館に電話で助けを求めた際、大使官の女性職員から「お手伝いできません」と電話を切られた。また拉致被害漁民のイ・ジェグンさんは2000年、「税金を納めたことがあるか」と言われた。
 政府内でも、こうした「職務放棄」が、末端公務員だけの責任だと考える人はほとんどいない。「脱北者問題の解決に取り組んだからといって、上から褒められやしない…」と語った公務員は、正直なだけまだましだ。
 盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が一度でも「先日、脱北された方はどうなったか」と関心を示していれば、こうした失敗は繰り返されなかったのではないだろうか。


何も言いません。
読んだ方が判断してください。
日本のニュースでも動画が流れていたので、知ってる方はいるでしょうね。

脱出方法なんですが、奥さんの活躍らしいです。
【社説】拉致被害者を見殺しにする大韓民国政府 2007/1/5 朝鮮日報
 1975年に東海(日本海)上でイカ釣りをしていて北朝鮮に拉致されたチェ・ウギルさん(67)が北朝鮮を脱出し、先日中国で韓国人の妻、ヤン・ヨンジャさん(66)と31年ぶりの再会を果たした。ヤンさんの前に現れた夫は、かつてのがっしりとした青年時代の面影もなく、体重48キロにやせこけ、真っ黒に日焼けした老人に変わり果てていた。
 チェさんは脱北者ではなく、正真正銘の韓国国民だ。また一国の政府にとって、自国民保護は最も基本的な義務だ。しかし韓国政府にとっては、拉致された国民など面倒な存在でしかないようだ
 チェさんを脱出させたのは、政府ではなく妻のヤンさんだった。ヤンさんは政府に援助を要請したが、取り合ってもらえなかったという。結局マンションの清掃をして稼いだ金で夫を脱出させた
 チェさん夫婦は今月2日、中国で駐瀋陽韓国領事館に電話で助けを要請した。領事館の職員は「担当が違うので電話を取り次ぐ」としながら、たらい回しにした。最後に教えられた携帯電話の番号に電話したところ、受話器に出た職員は「この番号をどこで知ったのか」と詰問し始めたという。
 領事館側は、拉致被害者支援団体が先月26日にチェさんが脱出したことを知らせる文書を政府に送っていたにもかかわらず、「(本国から)そのような文書は受け取っていない。またこちらで拉致被害者問題を扱ったことはない。本国政府に電話するように」と答えたという。
 今回の事件のわずか1カ月前にも、脱北国軍捕虜の電話を受けた駐中国大使館職員が「助けにはなれない」とし、邪険に電話を切っていた事実が明らかになり、政府の対応を非難する声が高まっていた。
 韓国戦争(朝鮮戦争)後に北朝鮮に拉致され消息すら分からない人たちの数は400人以上に上り、韓国側で彼らの帰りを待つ家族は数千人にもなる。それにもかかわらず、韓国政府にとっては拉致犯の機嫌を損ねないことの方が重要らしい
 北朝鮮にどう喝されたため、「拉北者(北朝鮮による拉致被害者)」の代わりに「戦後に生死が分からなくなった人」という正体不明の表現を使い始めたかと思えば、韓国側の記者が「拉北者」という表現を使ったことを北朝鮮側に非難されるや、政府当局者が事実上謝罪するようなことまで起きた。
 外交的な圧迫を通じ、北朝鮮に日本人拉致の事実を自白させ、首相が直接乗り出して、拉致被害者を連れ戻すことに成功した日本政府の話など、韓国の拉致被害者家族にとっては夢のまた夢でしかない。
 チェさんは3日、韓国に戻るヤンさんを見送りながら「わたしも連れて行ってくれ」と号泣し、ヤンさんは「やっとの思いで(夫を)脱出させたのに、政府はなぜ助けてくれないのか」と涙ながらに語った。
 いつの日か国民によって、積もり積もった恨みの鉄ついが政府庁舎に下されることだろう。


似たような内容が続きますが、是非読んでもらいたかったもので。

記事中に日本との比較が載ってますが、こういう記事もあります。
脱北者の処遇:日本と韓国ではこんなに違う! 2007/1/6 朝鮮日報
 韓国と同じく、北朝鮮による拉致問題に直面している日本政府の対応は、韓国とは全く違うものだ。
 北朝鮮拉致被害者・脱北者人権連帯の都希侖(ト・ヒユン)代表は4日、自らの体験を例に挙げ、「同列で比較するのが恥ずかしいほどだ」と話した。
 都代表は2004年5月、中国・瀋陽で「韓国人」と聞いていた脱北者のAさんを紹介された。ところが、都代表と会ったAさんは「わたしの名前はヒロセコウイチだ」と打ち明けた。
 Aさんは9歳だった1960年、朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)系の男性と再婚した日本人の母とともに北朝鮮に渡った日本人だった。都代表がこのことをソウルの日本大使館に伝えたところ、大使館はAさんの情報をすぐさま東京へ連絡し、翌日には日本人失踪者であることを確認した。
 それから日本の外務省は、中国の日本大使館を通じて中国政府との交渉を行い、Aさんを日本に帰国させることについて承諾を得た。都代表は韓国人の脱北者を韓国大使館に引き渡した時と同様に、「どこへ連れて行けばよいか」と日本側に尋ねた。当時、韓国大使館が脱北者のいる所まで迎えに来るということはなかったためだ。
 ところが日本側では「われわれが責任を持って迎えに行くので、そちらから近い場所を指定してほしい」と求めてきたという。そしてAさんは、身元が確認されたからわずか2日後、日本側の関係者に付き添われ、瀋陽の日本総領事館に連れて来られた。Aさんとともに脱北した2人の子どもに対しても、同じ手続きがとられた。また、日本のNGOはAさんの妻の脱北も事実上「あっせん」した。


上下関係でしか考えられない朝鮮人と、拉致被害者のことを我が身に置き換えて考えられる日本人を比較するのは無駄だと思う。
「同列で比較するのが恥ずかしいほどだ」…この発言は激しく同意。
でも本当に恥ずかしいと思うなら、行動に移さないと。
疑問符がついちゃいますよ。

ちと引用が長すぎたので、最後の締めはタイトルのみです。
拉致被害者チェさん、間もなく韓国帰還の見込み 2007/1/5 朝鮮日報
いつ帰ってこれるのか心配してたら…
拉致被害者チェ・ウクイルさん、避難先でやっと安堵 2007/1/6 朝鮮日報
ようやく帰国したようです。
どうも政府の保護下にあるようですが……なんか記事読むと不安を感じます。
韓国政府が本当に国民を護る気があるかどうか、今回の件は試金石になりそうです。
それはともかくとして、せっかく脱出できたこの方が、普通の生活に戻れることを祈らずにはいれません。



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